プログレとソーシャルネット
もうけっこう時間がたってしまいましたが10月10日にNHK-FMでプログレッシブ・ロックをひたすら語り、ひたすら流すという番組の放送がありました。プログレを特集するには、わずか10時間という短い番組ながら盛り上がり方がちょっと尋常じゃなかったので紹介します。
そもそもプログレの人はインターネットがまだ世の中に無い時代にエイジアの是非を巡って大炎上するようなとても面倒くさい人たちだったりして、それがネットの力で加速することで人間の知覚能力の限界を超えたコミュニケーションが生まれていました。
この番組、実は2010年にも1回やってます。そのときもかなり盛り上がったようですが今年は状況が違います。まず、今年の9月にらじる★らじるというNHK公式のネットラジオがスタートしています。普段ラジオを聴かない人でもインターネット経由で高品質の放送を聴くことが可能になりました。さらにこの1年でさらに普及したツイッターが実況と共感のツールになり情報を加速します。ニコニコ動画ヒットの要因である「視聴体験の共有」がラジオという、よりパーソナルで濃いメディアに出会い、さらに面倒くさい話を語るのが大好きなプログレファンの魂に火をつけました。
番組放送中はものすごい勢いでツイートが流れ続け、誰も知らないようなマイナーかつ良質なバンドの曲がかかるやいなや、アーティストの詳細が光の速さで調査されて、公式サイトのアドレスやメンバーの近況の検索結果がツイートされ、AmazonやiTunes Storeで購入可能であればURLが貼られ、気の早いリスナーは迷いなく購入し、曲がかかり終わる前には輸入店のCDが品切れになるという事態が発生しました。
インドネシアのディスカスというバンドの「システム・マニピュレーション」という曲が紹介されたときの流れは衝撃的です。
プログレマニアにありがちな状況として、自分の情報収集アンテナの感度を誇るために、わざと誰もしらないような国のマイナーなバンドのアルバムを、さもすごい作品のように紹介するようなことがあります。このときもわりとそんなやつかと思ってみんなちょっと眉唾の状態で構えていました。イントロはなんだか変なおじさんがあーあー言ってるだけで、「細川たかしっぽい」とか言われる始末。
だんだんガムラン的になってちょっと緊張感が高まるもののここまではまだ予想の範囲。異国のリズムがたまたま斬新に聞こえることがあっても、それをプログレと解釈してしまうのは早計です。ゲストの傘屋のおじさんが言うように特有の美意識と遊び心がなければプログレとは呼べません。
その直後、突如としてイアン・マクドナルドのようなサックスと、ロックをベースとしながら複雑な拍子のドラムが入ってきた時点でリスナーはすっかりやられました。あ、こいつらはこっち側の人だ、お見それしました、などとタイムラインの空気が変わっていきます。
しかしそれで終わらないのがディスカス。プログレ好きのツボにピンポイントではまる女声ボーカルが入ってきたあたりでは、え、まだ展開するの?もう十分堪能しましたってば、ていうか、ボーカルは細川たかしじゃなかったの? といった感じでめまぐるしい展開が大好物の猛者たちも戸惑い始めます。挙句の果てにザクザクのギターとデスボイスが乱入してきて完全に凶悪なメタルになって、さらにガムランに戻ったりまた女声ボーカルパートに展開したり異様な状態になります。結果ディスカスは、「いくらなんでも全部入りすぎる」「ラーメン二郎か」などと最大限の賞賛を得ることになりました。
曲が終わった後でもディスカスショックは覚めやりません。次に比較的上級者向けの難解なジャズロック、ソフト・マシーンがかかっても、あーなんかこれを聴くとホッとするとか、普通に安心して聴けるとか、通常ソフト・マシーンを表現するときには絶対に出てこないような言葉で評されます。
その後もタイムラインではディスカス情報が飛び交い続け、気がつけば番組進行中にアマゾンMP3のアルバムランキング1位になってしまいました。エスニックやロックの限定ジャンルではなく、総合ランキング1位です。(その後、数日にわたってトップを独走しました)
そうこうしているうちに、ディスカスのリーダーだった人のツイッターアカウントが存在することが判明し、情報を英語で説明する人が現れて、リーダーから感謝の言葉まで言われてしまいました。なんだろうこのスピード感。そんな驚きがこの番組では何度も起こっています。
最後に、タイトルコールやジングルの声を担当していた有名人の名前が明かされたときもちょっと面白かったです。
もうすっかりバレバレではありましたが俳優の高嶋政宏さんでした。あまり知られていないことですが、プログレ界では高嶋政宏といえば、その空気を読まないマニアぶりからスターレス高嶋として親しまれており、アニソン界でいう水木一郎のようなアニキ的存在です。高嶋氏の登場に、「やっぱりか」「待ってました」「だと思った」などと声がかかる業界などいったいどこにあるでしょう。ナビゲーターの山田五郎氏も開口一番「大丈夫ですかこの人?」とか、アド街の収録でプログレの話に持って行きたがって困ったなど高嶋伝説が語られて、タイムラインでは病床の父親の前でスターレスを歌って聞かせたというハートフルエピソードが紹介されたりと大変な騒ぎとなりました。
そんなこんなで10時間はあっという間にすぎて、ぼくらのバイブル・ブラック・マンデーは幕を閉じたのでした。