理不尽との戦い方

社会人として仕事をしていると、いつか必ずどこかで理不尽にぶつかります。それはどんなに優良企業でも大会社でも中小企業でもかたちは違えど多かれ少なかれあると思います。
 
デスクのまわりの騒音や狭さがまともに働けるような状況になかったり、ありえないスケジュールが設定されたり、ものごとがとても納得できないような決まりかたをしたり、といった話はどこにでもあります。人間関係的なことでいうと、異様に責任の押し付けがうまい上司だとか、まるで子供じみた発想をする同僚、妄想のような策略をめぐらす古参社員など、ドラマや小説でさえ見たこともないような異形の人が世の中にはたくさんいることに気づかされたりします。大学などのつながりで自分でも気づかずに同じようなクラスタの人ばかり見てきた後に、就職した先で世代や文化の異なる人と接するとそのギャップにびっくりします。
 
自分も過去にそういった理不尽を多く経験してきました。まだ若かったときは正面から立ち向かったりもしましたが、何度となく大きな傷を負ってしまったこともありだんだん考え方が変わってきました。理不尽と戦い、正当で公正な世界を手に入れるためには、こちら側もそれなりの戦略性を持って慎重に対応する必要があるんじゃないかということです。
 
理不尽は想像以上に強敵です。なぜならこちらが常識の範囲でしか対応できないのに相手はそもそも常識があってないようなものなのでありとあらゆる手を尽くして襲いかかってくるからです。向こうのほうが使える武器がはるかに多いのです。
 
たとえば外国の見知らぬ裏通りでナイフを持った暴漢と対峙したとしたら、よっぽど訓練を受けた人でないと組み伏せたり説得したりすることはできないでしょう。僕ら一般人がアウェイの場所でとるべき戦略は、どんなにかっこわるくてもまずは生き延びることです。場合によれば手にしている物品をいくつか失うこともあるかもしれません。
 
社会人として生きていくうえで遭遇する理不尽とはそういったたぐいのものです。自分の中で絶対に譲れないものは何かを決めてそれ以外は失う覚悟でサバイバルするくらいの割り切りが必要かもしれません。すごく残念なことですし肯定する気もありませんが、そのように考えないとひどく傷ついて疲弊してしまうことがよくあります。聡明で誠実な人ほどそのような落とし穴にはまりやすい気がします。誠実さやまっとうな実力が評価されるのは公正なジャッジがいる場合に限りますが、会社組織の細部では公正なジャッジが機能していないことも多いのです。
 
じゃあ、お前はそういった理不尽を受け入れて屈服してるのかといわれると、実はあんまりあきらめていなかったりします。だってやっぱり前向きに目標に突き進む人が正当に評価される世の中になってほしいじゃないですか。自分の手の届くまわりだけでも、できる限り理不尽を減らして良い方向に変えていきたいと思っています。そのためにひとつずつ実績を重ねて信頼を勝ち取っていったりして、影響力を身につけるためにとても長い時間かかることもありますが、目に見えないくらい少しずつでも変えていくようにこれまでどの職場でも心がけてきました。
 
10年前の業務系派遣プログラマーにくらべて、今のウェブ系企業などにおける開発者の環境はずいぶん改善されました。だから僕は世界は徐々に良くなっていくことを信じています。
 
そんなわけで、いま理不尽な世界に囲まれてそれでも前向きにもがいている人たちを心から応援します。